ネットワーク時代の知的所有権入門
ところが、ここでコンテンツのベンダーは、いくつかシリアスな問題に直面 します。
1.利用者は、ちゃんとこちらが指定した料金を支払ってくれるだろうか。料金 が支払われなかったらどうしよう…。
2.利用者が、ダウンロードしたコンテンツを、販売したり、ただでばらまいた りしたら、どうしよう。あっと言う間にコンテンツが売れなくなってしまう…。
3.コンテンツには、バグがあるかも知れない。利用者から、返金の要求やバグ フィックスの要求とかがあったらどうしよう…。
といったたぐいの問題です。
1の点については、料金の支払いが確保されるような技術的な仕組みを作っ ておくことはもちろん重要ですが、そもそも「利用者は、代金を支払う義務が ある」と言える根拠を明確にしておかなければなりません。そこで、コンテン ツ提供者と利用者とが契約を締結するんだという形をとる必要が出てくるんで すね。
2の点については、コンテンツが著作物だったら、一定の範囲では著作権法 に基づいて、利用者の行為を制限したりすることも可能なんですが、コンテン ツが著作権保護の対象とはならないけど、商品価値のあるようなもの(たとえ ば、著作権の存続期間が終了した絵画のデジタルデータ、法令や判例のデジタ ルデータなど)の場合には、やはりその利用範囲などを契約で制限する必要が 出てきます。[1]
それから、著作物でも、スタンドアローンのマシン用のソフトウェアがLAN 環境で多数の人に同時使用されたりしないようにするためには、今の著作権法 では充分に対応できない可能性があるので、契約による制限も必要となってく るわけです。
それから、3の点についてですが、ソフトウェアにはバグがつきものですか ら、ちょっとしたバグが見つかったら、すぐに返金が求められるということに なってしまえば、今のソフトウェア産業が成り立たない。そこで、ソフトウェア の製品の販売やライセンスにあたっては、ほとんどの場合、契約書に保証の制 限条項などが挿入されることになります。
では、このようなクリックオン方式による契約は有効なんでしょうか?普通 の契約の場合には、「同意する」という意志表示は、少なくとも相手方に到達 することが予想されるわけですが、クリックオン方式の場合には、必ずしも 「同意する」という意志表示が相手方に向けて発せられるわけではなくて、単 に[同意する]のボタンをクリックするという行為をしているに過ぎないんです よね。
日本では、民法という法律の中でこのように相手方に意志表示をするんでは なくて、なんらかの行為をすることにより契約条件に同意したものと見なすよ うにしようという規定がありますから、原則としてその規定に従って、契約が 成立すると考えていいんじゃないかと思います。米国やヨーロッパの諸国でも 同様に考えられているようです。もっとも、他人のIDを不正に利用して、他人 になりすまして、[同意する]のボタンを押した場合にどうなるのか [2]とか、 [同意する]のボタンを押して受け取ったコンテンツが、思っていたものと全く 違っていた場合にどうなるのか[3]とか、ダウンロード 中に急に回線が切れて しまって結局コンテンツを入手できなくなってしまったらどうなるのかとか、 お金を払って入手したものが、実は別のサイトではただで配布されていたもの であった場合にどうなるのかとか、関連していろいろな問題が出てきます。
類似のケースとして、長い時間をかけてソフトウェアをダウンロードして、 さてインストールしようとしたら「このソフトウェアは、ウイルスに感染して いるかもしれませんが、当社は、一切責任を負いません」とかのメッセージが 表示され、そのときには、既にコンピュータがウイルス感染してしまっていた とかいうようなケースが考えられます。このケースでも、条件の提示を受けた 人は、条件の提示を受けた時点では、既にソフトウェアをダウンロードしてウ イルスに感染してしまったわけですから、「そんな条件は受け入れられないか ら、ダウンロードはやめよう」という選択が出来なくなってしまっているわけ です。このような場合には、免責の規定は、やはり無効と言わざるを得ません。 結局、契約条件が有効であるというためには、少なくとも条件の提示を受けた 人が、これを受け入れるか、拒絶するかの選択が出来る状態でないといけない ということが言えそうです。[4]
次に、「このページへのリンクは、下記の契約条件でのみ認めています。こ のページにリンクを張った人は、下記の契約条件に同意したものと見なします」 と書いてあったときはどうでしょうか。リンクを張る段階では、その条件を知 りうる状態であったわけですから、リンクを張った以上は契約条件に同意した ものと見なされても当然だという考え方もありうるでしょうね。しかし、リン クを張る前に「これから、あんたのページにリンクを張るけど、契約条件に同 意するわけじゃないよ」と通知していた場合にどうなるかとか、契約条件があ まりに法外なものであったらどうなるのかとか、まだまだ検討する問題が山積 みです。
また、インターネット上でコンテンツを提供する場合に、世界中の誰でもコ ンテンツを入手できるようにすることも出来るわけですが、その場合にどこの 国の法律が適用されるのかも問題です。コンテンツの提供者の国の法律が適用 されるのか、コンテンツを受け取る人の国の法律が適用されるのかなど、今後 明確な基準を作っていかなければならないでしょうね。
デジタルデータに関する権利がどうのこうのとか、データベースからのデー タ抽出についての権利がどうのと法律家がさかんに議論している間に、契約ベー スのシステムが出来上がってきつつあるような気がします。「権利」がどうで あれ、関係者間の合意によってどんどんビジネスが進んでいくという傾向は、 今後も続くでしょうね。
では、ここから寺本先生にバトンタッチして、商人道の立場からこの契約問 題について語っていただきましょう。
ですが、しばしば、特に高額商品の場合には、商売を成立させるためには、 品物をながめて"欲しいなあ"という顔をしている人の背中をトンとたたいて、 買う決心をさせてあげる仕組みが必要になります。それがまさに、セールス・ パースンとか、パーティ形式販売の場合のエヴァンジェリストの役割です。セー ルス・パースンの立場から言えば、欲しがってもいない人にしつこく売り込み をかけても嫌われるだけですが、欲しそうな顔をしている人に的をしぼって背 中を軽く押してあげるならば、好成績をあげられるし、お客様にも重宝がられ ることになりましょう。そこで気になるのは、サイバースペースの場合、この ようなお客様に喜んで頂ける範囲内で背中を軽く押して差し上げる仕組みをう まく組み込めるのだろうか、ということです。
もし、サイバーモールを訪れた人の背中をだれかれとなく押して回るならば、 迷惑がられることは間違いないでしょう。
かといって、お客様が何かを欲しがっているかどうかを商店が知ることの出 来る程度までに、お客様の情報(特に、その嗜好、購買歴、来店歴など)を、 個々の生きたセール・スパースンの頭の中ではなく、システマティックに一括 して集めてしまうことは、お客様のプライバシーを守るという観点からは、過 ぎたるは及ばざるが如しとなりましょう。さらに、仮にお客様が商店がデータ を集めることを容認しておられたとしても、そのデータが第三者に盗用された 場合にお客様が被る多大の迷惑を考慮しないわけにはまいりません。
こうしてみると、サイバースペース上での商売についても、そろそろ商店と 消費者の間で契約が成立したことをどう証明するかを議論するだけでなく、サ イバースペース上で"ほんまものの"商売をしていくためになされるであろうさ まざまな付随的な営業行為やデータ収集について、商店はお客様に喜ばれるに はどうすればよいか、消費者は欲しい情報を選択して受け取りながら、自分に 関する情報をコントロールできるためにはどのような対処をすべきか、そして、 万一消費者に対する過剰な押し付けがなされたり、過った情報が一人歩きした りした場合に、消費者が自営の武器として使える法制度をどう整備するかも考 えていく時期なのでしょうね。
※参考文献「商売繁盛大鑑」 同朋舎(http://www.dohosha.co.jp/)刊。
[2] つまり、ボタンを押した人自身を本人と考えるのか、あくまでもIDの保有 者が本人であって、ボタンを押した人は代理人と考えるのかといった問題です。 後者であれば、IDの保有者も場合によっては、「表見代理」の法理などによっ て責任を負う余地が出てくることになります。
[3] 有体物に関しては、一定の場合には、返品してお金を返してもらうことが 出来るんですが、ネットワークを通じて提供されるコンテンツに関しては、あ くまでもデジタルデータに過ぎないので、物理的な意味での「返品」は出来な いわけです。でも、意図するものとは異なったものを受領した場合には、やは りなんらかの対応が必要ではないかと思われます(たとえば、デジタルデータ の削除を条件に返金するとか、そもそも最初に配信するデジタルデータには期 間制限を付けて置いて、一定の時期以降にはアクセスできないようにしておい て、購入者が内容を確認した後で、期間制限をはずすコードを送るとかの対応 が考えられます)。
[4] パッケージソフトウェアを購入した際に付いてくる、シュリンクラップ契 約(「メディアパッケージを開けると契約が成立しますよ」と書いておいて、 ユーザがメディアパッケージを開けると契約が成立することにする方式の契約) についても、類似の問題があります。パッケージを小売点から購入した時点で は、契約内容を知り得ないため(外箱に契約内容が書いてあればいいんですが、 現状では、ほとんどの場合、契約内容は外箱を開けないと見られないようになっ ていますね)、「パッケージを購入して、お金を払った段階で、契約は完了し ている。その後で契約条件を提示されても、契約が成立する余地はない」とい うような主張がされる可能性があるわけです。米国では、最近、ベンダーから 入手したデータを自分の商品として販売していた人が、そのような主張をして、 一審で勝訴してしまうという事件が起きて、注目を集めました。控訴裁判所は、 契約条件に同意できなければ、返品できることとされていたことなどを理由に、 契約の有効性を認めて、一審の判決を破棄しました。契約条件が合理的なもの である限り、日本の裁判所も、恐らく、同様の考え方を取るのではないかと思 います。