ネットワーク時代の知的所有権入門
アーティスト("X-artist") は、かって、個人としてアート (音楽、漫画、小 説、マルチメディアタイトルなどを想定することができる。"W-original") を創 作し、自分の名前で発表した。徐々に"W-original"の派生的著作物 (イラスト集、 カレンダー、キャラクターグッズなど) の制作の注文が増えてきたため、 X-artistの資金で会社 ("X-co") を設立した。X-artistは、X-coのコントロール 権を確保するため、X-coの株式持分の過半数と、代表取締役の地位を確保してい るが、注文者との契約交渉や、X-coの代理人弁護士との連絡などの業務は、もっ ぱらX-coの役員および従業員が協力し、あるいは、分担し合って処理している。
わが国の産業政策からすれば、X-coのようなスモールカンパニーが多数設立さ れ、小回りのできない巨大企業には容易に創出できないような創造的な産物を迅 速に多数送り出すことが望ましい【1】。また、Internet利用と安価なネットワー ク機器およびソフトウェアの普及は、SOHO (Small Office and Home Office) の 展開を助長する。われわれは、巨大企業に入らなくとも、ネットワークを駆使し て情報の獲得と発信ができる。
ところが、税務当局による、スモールビジネス、とりわけ人間の創造性の発現 により対売上比の高い利益率を達成するビジネスを狙い撃ちにする、法的根拠に 欠ける不適切な指導事例があいついでいる。
著作権法第15条 (職務上作成する著作物の著作者)
1. 法人その他使用者 (以下この条において「法人等」という。) の発意に基づ きその法人等の業務に従事する者が職務上作成する著作物 (プログラムの著作物 を除〈。) で、その法人等が自己の著作の名義の下に公表するものの著作者は、 その作成の時における契約、勤務規則その他に別段の定めがない限り、その法人 等とする。
2. 法人等の発意に基づきその法人等の業務に従事する者が職務上作成するプロ グラムの著作物の著作者は、その作成の時における契約、勤務規則その他に別段 の定めがない限り、その法人等とする。
著作権法15条を参照すれば直ちに明らかになる通り、同条1項がコンピュータ プログラム以外を、2項がコンピユータプログラムのみを対象としていることか ら、プログラムでなくとも、法人著作物となりうることがわかる【3】。プログ ラムに制作担当者り個性が反映しないというのは、しばしば誤りである【4】。 さらに、制作担当者の個性の反映なくしては、創出され得ないような数々の著作 物について、裁判所は、法人著作物であることを認めてきた【5】。そもそも、 個性がまったく認められないような表現は著作権の対象となりえないのだし、著 作権法15条がアートを排除するとは規定しない以上、アートが法人著作物となり 得るのは当然のことである。よって、税務当局の職員の発言にはなんら法的根拠 がない。
したがって、かって、X-artistが個人として制作したW-originalは、 X-artist個人の発意に基づき、X-artistの著作名義で公表されているはずだから、 X-coの法人著作物とはなりえない。
しかしながら、第三者 (たとえば、出版社、文具メーカーなど) が、 W-originalをベースに、彼らの注文にしたがった二次的著作物 (ポスター、カレ ンダー、キャラクタ一グッズ等) の制作を求めたとしよう。この場合、通常であ れば、次pような諸条件が整うことになる。
1) X-coの役員や従業員あるいは代理人弁護士が注文者と交渉する。
2) X-coの顧問弁護士が注文者とX-coの問の契約を起案またはレビューする。
3) これらの活動によって、注文条件か確定する。
4) X-artistが注文条件に従った二次的著作物を納品しなければX-coの債務不履 行が発生することになる。
5) X-coの著作名義で、注文条件通りに完成された二次的著作物 ("W-derivative")が公表される。
この場合、W-derivativeは、明らかに、X-coの法人著作物である。 W-derivative の使用許諾をX-coが第三者に対して行った結果の収入はすべて X-co に帰属すべきであり、税務当局が、それをX-artist個人に帰属するという 根拠なき主張を行うことははなはだ不当である。
もちろん、上記事実の背後には、"X-coは、X-artistから、X-artist個人の著 作物であるW-originalの使用許諾を得ている"という関係かある。つまり、" X-artist = (W-originalのライセンス) => X-co=> (W-derivativeの制作お よび発表) "ということである。X-coは、X-artistからW-originalの使用許諾を 得なければW-derivativeをX-artistの権利を侵害せずに制作および公表できなかっ たはずである。したがって、X-coは、X-artistに対して、"X-coとX-artistが仮 に、何ら資本関係も人的関係もない第三者同士であり、かつ、同じような機能分 担をうけもっていたときに払ったであろう"公正な金額のロイヤルティーを支払っ ているはずだと考えるのは自然である。
税務当局は、もし、X-artistがX-coを隠れ蓑として不当に税務負担を減らして いると考えるならば、X-coからX-artistに対して、上記のような公正な金額より も少ないロイヤルティーしか払われていないのかどうかに着目すべきである。も し、X-coからX-artistに支払われたロイヤルティーが異常に少なければ、修正を 求めるのは合理的である。だが、税務当局には、勝手に、権利の帰属に嘴をはさ む権限はない。もちろん、当事者間の支払額か公正かどうかについての判断に関 与する権限が税務当局にあることは否定しない。
なお、テレビドラマ、映画、コンピュータ・プログラム等によくあるように、 法人著作物であっても、アーティストや協力者のクレジットを表示することがあ る。このようなクレジットがあったとしても、著作名義をX-coの名前で明示して あるならば、公表名義には無関係であるから、法人著作物でなくなることはない。
なお、最近、税務当間の職員が、根拠なしに"X-coかW-derivativeの商業的利 用によって得た収人の40%をX-artistに分配しなければならない"と指導する例が あるとのことだが、そのような一律の指導は不当である。
取引条件は、個々の例によって異なるのが当然である、たとえば、
1) 書き下ろしの著作物よりも、派生的な著作物の方が、営業に要するコストが 少なく、また、ラィセンス先からのロイヤルティー金額も高いことがしばしばあ る。
2) 連載もの、単行本、キャラクターグッズなど、それぞれに、契約の複雑さが 異なり、契約交渉に要する費用と時間が異なる。
3) 企業のプランドが確立するにつれて、契約交渉における立場が強くなる。
さらに、たとえば、大手出版社から著作権者へのロイヤルティー率が40%にも のぼることはまずありえないのに (多くの場合、3%から5%、どんなに高くても 20%にいたることはまずない) 、すべてを自分でなし、少ない収入の中から弁護 士報酬や会計士報酬も支払って自分を防御しなければならず、さらに、個人で活 勤していた頃に出版社に搾取された諸権利を取り返すために莫大なコストと時間 をかけなければならないスモールビジネスが、なぜ、大手出版社よりも高率のロ イヤルティーを著作権者に対して支払うことが可能なのか、なんら合理的な根拠 がない。
法的根拠のない基準を勝手に作り上げて、それに従わないと否認すると称して スモールピジネスを恫喝し、もって、自己の成績を向上させようとする税務職員 の行為の結果、よけいな弁護士費用の負担など損害を被った場合には、国家的賠 償請求をなすことも正当化されうる。
これら職員は、通達ですらない、勝手に内部で作り上げた基準と称するものを 盾に、"…ということになっている…"と嘘偽りを述べ立て、納税者らが互いに情 報交換していないために反論を躊躇するのをよいことに、弱いところ、小さいと ころから順次個別撃破しようとする。納税者らは、団結し、これら職員か居丈高 に述べ立てる根拠薄弱な基準と称するものを白日のもとにさらし、公の批判にさ らさなければfならない。
X-co発足後の新作であっても、X-coの役員または従業員の協議の結果 (あるい は、その結果に基づく注文主との契約) が示す指針に基づいて制作されたものは、 X-co名義で発表されるならば、X-coの法人著作物となる。税務当局の一部の職員 が、"著作権をX-artistからX-coに譲渡はできるが、原始杓にX-coに帰属するこ とはない"と述べることがあると聞くが、これには、合理的な根拠がない。
もちろん、 X-artistがX-coの会社としての方針とは無関係に、趣味で、ある いは、暇にまかせて創作した著作物は、"法人その他使用者の発意に基づき" 作 成するものとは言いがたいから、公表の際の著作名義いかんにかかわらず、 X-artistの個人の著作物となる。これについては、前記と異なり、"著作権を X-artistからX-coに譲渡はできるか、原始的にX-coに帰属することはない"と言 える。この場合でも、 X-coがX-artistに支払うべき対価の頷を一義的に決めて かかることはできない。その著作物が市場でどのような価値を持つか、そのため にX-coがどのようなコストと労力をかけることになるのかを考慮に入れなければ ならない。
なお、X-coと注文主との間の契約条件がはっきりしないまま、X-coの内部の決 定のみで作品を制作した場合には、それが、"法人その他使用者の発意に基づき" 作成されたものであったとしても、その事実を証明することが難しくなることが あり得ることには、留意すべきである。
税務当局の職員から、"多数のアーティストをかかえている会社なら、アーティ ストが制作したアートが法人著作物となり得るが、アーティストが1人しかいな い会社では、そのアートか法人著作物にはならない"と言われた。この主張は正 当なのか?
実質的にば、1人または少数の人間で制作される法人著作物は数限りなくある。 たとえば、業務用アプリケーションプログラムであっても、そのような例は多い。 実際に作業をした者の数が著作権の帰趨に影響するものではない。著作権が帰属 するのは、著作物がどのようなものであるべきか、それを世に出すべきかどうか について決定する権限を持つ者である【6】。
結局のところ、X-artistが作業をしても、その成果が使えるかどうか判断を下 すのが、X-coであれば−典型的には役員および従業員の集団−、その成果は X-coに帰属する。X-artistかX-co の構成員の意見に無関係に、"これでいいんだ、 文句を言うなら、俺は発表しない"と決めてしまうものは、X-artist個人の著作 物となる。
脚注:
【1】http://www.st.rim.or.jp/~terra/frforswv/参照
【2】金子宏 "租税法 第二版" 弘文堂1988年106頁参照。
【3】著作権法15条2項は、プログラムが未公表の場合も多いことから、特に法人 名義による公表を要求しないこととしたもの。"著作権法実務提要" 第一法規 (加除式) 343頁の2参照。
【4】たとえば、マイクロソフトコーボレーション対秀和システムトレーディン グ株式会社外一名 (東京地判昭和62年1月30日、無体集19巻1号1頁) は、PC用 BIOS について、創作者の個性があらわれることを認めつつ、それがマイクロソ フト社の法人著作物であることを認めた。
【5】「台湾統治概要」につき、株式会社竜渓書舎対国 (東京高判昭和57年4月22 日、無体集14巻1号193頁) 。「建築設計図」につき、きたむら建築設計株式会社 対株式会社アメリカン・ボウリングサービス外一名 (東京地判昭和52年1月28日、 無体集9巻1号29頁) 。「宅建受験用参考書」につき、株式会社東京リーガルマイ ンド対株式会社早稲田経営学院外一名 (東京地判平成6年7月25日、知財集26巻2 号756頁) 。「漫画ポパイのキャラクター」につき、キング・フィーチャーズ・ シンジケート・インコーポレーテッド対株式会社山和東京地判平成4年3月18日 ( 判例時報1435号131頁) 。その他多数。
【6】智恵子抄事件 (最判平成5年3月30日、判例時報1461号3頁) 。