インターネットマガジン No.19 1996.08 pp.322-325 より、転載

ネットワーク時代の知的所有権入門
第18回
画像をめぐるさまざまな法、そして人と人との関係。
−カルテと医療用画像の取り扱いについて−

ネットワーク知的所有権研究会

弁護士 寺本振透
Terramoto Shinto


Q

私は医療機関に勤務するものです。ある日、患者さんから自分のX線フィルム を(コピーでもいいから)自分で持っていたいと言われたことが発端で、その ような場合にどう応対すべきかを決める必要が生じました。
そこで、フィルムは誰のものかを調べているうちに、診療録(カルテ)はどう 扱われているのかを調べてみると、所有権などではなく著作権で考えている医 師の記事を発見しました。
ここで私は疑問に思ったのです。診療録は著作権法の保護対象に該当するので しょうか?もしそうだとすると、医療用画像は保護対象になるのでしょうか?
インターネット上ではすでに多数の医療用画像が公開されています。また、電 子カルテが普及する時代になれば、カルテの一部を教育目的などでインターネッ トに公開するような状況も考えられます。これらは著作権法に基づいて保護さ れるものなのかどうか分からなくなってきました。
ここで質問が4点ほど出てきます。
  1. カルテや医療用画像は、著作権の保護対象なのか?また、その根拠は?
  2. 仮にカルテや医療用画像が著作権の保護対象であるとしても、現代の チーム医療のもとでは、これらの著作者は誰なのか?
  3. 仮にカルテや医療用画像が著作権によって保護されないとすると、ど のような方法でこれらを保護することができるのか?
  4. 国際的には、これらの問題は、どのように扱われているのか?
以上の質問にぜひお答えしていただきたいと思います。


A

●●考え方の指針

とても難しい、しかし、避けては通れない本質的な問題をいただいたというの が、僕の正直な感想だ。今回いただいた問題には、いくつもの局面がある。だ から、少しでも問題を単純化するため、局面ごとに分析していこう。だが、忘 れないでいただきたい…。実際に医療やビジネスの現場では、すべての局面が 同時に僕らに問題を突きつけるものだってことを。

さしあたって僕が考えつくことができた、いくつかの局面を分けるのに都合の よい切り口を挙げておこう。それは、“誰と誰との間で起こる問題を議論しよ うとするのか”という切り口だ。たとえば、次のような関係を想定することが できる。

  1. 患者と病院側(医師、放射線技師など。以下、“医師等”と称する) との関係;
  2. ある患者を担当した特定の医師等と病院との関係;および、
  3. 3)ある症例を見いだしてそれをカルテまたは画像として固定した特定 の医師等と、それを利用したいと考える同業者らとの関係。

●●国際的な観点から

国際的にはどうか、ということになると、次の2つの局面を検討しなければな らない。

第一は、ある法域[(1)]での法律および裁判による取り 扱いの問題(たとえば、米国ではどうか、とか米国のある州ではどうか、といっ た問題)だ。


[注(1)] ある法律が支配的に適用されるひとまとまりの地域のことを法域 (jurisdiction)という。例えば、日本国法が適用される法域は日本国全土で ある。カリフォルニア州法が適用される法域は、カリフォルニア州である。米 国の連邦法が適用される法域は、アメリカ合衆国の支配地域であり、各州を含 むことになる。

第二は、法域ごとに(たとえば、日本と米国で、あるいは米国のカリフォルニ ア州とニューヨーク州で)取り扱いが異なるにもかかわらず、複数の法域にま たがって問題が発生する場合[(2)]における、次の二つ の課題だ。

  1. 僕らは、その問題をどちらの国の法律に基づいて解決すべきなのか (いわゆる“準拠法「governing law」”の問題と呼ばれる)というの が、1つ目の検討課題だ。
  2. それぞれの法域によって異なる扱いをしているのでは、国境なきネッ トワーク社会において、医療やビジネスの現場が混乱するだけではな いか。ではどうやってそれぞれの法域の扱いを調和させていくのか (しばしば“ハーモナイゼーション「harmonization」”の問題と呼ば れる)、というのが二つ目の検討だ。


[注(2)] たとえば、普段は日本国内に居住している患者が米国の病院に入院したとして、 日本に帰国したのちの米国内のの医師等と患者の間の交渉。あるいは、日本国 内で医師等が治療を行ってカルテや画像などを作成した後、外国の医師等がそ のカルテや画像などを利用しようとする場合などを想定することができる。

上記のいずれの局面を検討するにしても、まずは、日本法ではどうなるのか、 という問題を検討しておかなければなるまい。次に、日本以外の法域ではどう なっているのかを知る必要がある[(3)]


[注(3)] 世界中のあらゆる法域の状況を調査できれば理想的であるが、それは現実的で はない。僕ら日々の仕事に携わっている者からすれば、多少不完全であっても 関係することの多い1つまたは少数の法域の状況をすみやかに知ることが重要 だ。ほかの法域の状況は、その後で、順次調査しておけばよい。おそらく、多 くの日本の実務家にとっては、米国の状況が最も大きな関心事であり、また、 日々の仕事の中で関わることが多いのではなかろうか?それに、組織に属する ものが何らかの調査をして同僚や上司に報告する場合、名も知らぬ、あるいは 仕事でほとんど関わることのない法域の状況を報告するよりは、米国のような 身近でしかも日本より早い段階で法的問題が顕在化することの多い法域の状況 を報告するほうが、得心させるには有効だろう。したがって、まずは米国の状 況を調査することが最もよい方法であろう。だが、残念ながら、僕は米国法の 専門家ではないし、常時米国で法律実務に携わっているわけではないから、僕 が調査をしたとしても、それは適切なものとはなり得ない。米国の法律および その適用の状況は、米国の法律家に調査させなければならない。

知的財産権法以外のさまざまな法律が存在する意味を認識しよう

ともかく、はじめにすべての事象が日本国内で起こったという仮定のもとでの 検討から始めることにする。だが、その前に、質問者および読者の方々に対し て、お願いがある。それは、次の3つだ。

  1. どうか、知的財産権法のほかにも、いくつもの法律があることをご認 識ください。
  2. どうか、知的財産権法至上主義を捨ててください。他の法が知的財産 権法よりも優越することがないとは言えないのだから。
  3. どうか、伝統的な法律(とりわけ民法)の基礎を離れて知的財産権法 を理解することができるとは考えないでください。知的財産権法とは、 ある種の財産に対して、伝統的な法律に基づく権利(たとえば所有権) の仕組みを借りて、限定的な保護を政策的に与えるものにすぎないの だから。

なぜ、このようなお願いをしなければならないのか? この連載も回を重ねる に従って、より困難な問題、そしてより本質的な問題へと進まざるを得ない。 そのような問題に対して、単に“コピーしてもよい”または“コピーしてはな らない”といった交通信号の如き単純な回答を与えることはできない。これら の問題に対しては、唯一の正しい回答など、存在し得ない。

僕にできることは、与えられた問題に対する僕なりの取り組みの過程を示すこ とによって、あなたがそれを参考にしながら、あるいは、それを批判しながら、 あなたなりの道を見つけだす支援をすることだけなのだ。この際、少なくとも、 上に挙げた3つの基本的なところを確保したうえでなければ、単になぜただち に単純明解な回答を示さないのかという不毛な不満を持つ結果に終わってしま うだろう。

知的財産権法を越えて、人と人との関係について考える

●●患者と病院側との関係

患者と病院側との関係を検討する場合、知的財産権法の問題を正面に出すこと には、疑問がある。知的財産権が最も大切な権利または価値であるとは、僕は 考えていない。まずは、法律問題を抜きにして、患者と医師等との関係はどう あるべきなのかということを考えるべきではないだろうか?そうすると、患者 としては医師等を信頼し、安心して診療をしてもらえる状態が望ましい。また、 医師等からしても、彼らの助言を患者が信頼してよく聞いてくれるし、医師等 の問診に対して患者が心を開いて答えてくれることが望ましい。実は、この理 を医療法が明示している。

医療法第1条の2(医療提供の理念)
第1項 医療は、生命の尊重と個人の尊厳の保持を旨とし、医師、歯科医師、 薬剤師、看護婦その他の医療の担い手と医療を受ける者との信頼関係に基づき、 及び医療を受けるものの心身の状況に応じて行われるとともに、その内容は、 単に治療のみならず、疾病の予防のための措置及びリハビリテーションを含む 良質かつ適切なものでなければならない。

患者と医師等との間の信頼関係の維持と拡大に大きなエネルギーを注ぐ医療の 現場において、知的財産権に拘泥するのが適切であるとは、僕は考えない。そ れに、知的財産権とは、それを行使しなければならない義務を僕らが負ってい るわけじゃない(本誌1996年5月号の本連載第15回を参照)。理論上、仮にカ ルテや医療用画像が医師等または彼らが勤務する病院の知的財産権による保護 対象になり得るとしよう。けれども、医師等または病院がそうした権利を患者 に対して行使すべきなのかどうかは、医療の目的の達成のためには、それが適 切かどうかという観点から医師等自身が決定すべきことだ。

患者は、“黙って言うことを聞きなさい”という医師等よりも、親切に患者自 身の症状を説明してくれたうえで、適切な治療法と、そのリスクも含めて説明 してくれる医師等を信頼するかもしれない[(4)]。それ に、自分の体のことについて、記録を手元に置いておきたいというのは、しば しば、患者としての自然な欲求かも知れない。だから、医師等が患者に対して、 たとえば患部の写真の控えを交付することは、時として、好ましくもあろう。


[注(4)] 最近は、このような考え方に基づいて、医師等は患者に十分な説明をして納得 を得るべきであると裁判所が判断する例をしばしば見ることができる。いわゆ るインフォームドコンセント(informed consent)である。ここで裁判例を1 つ1つ列挙するいとまはないが、たとえば、健康政策六法平成8年版(中央法規 出版刊)2101頁以下が、手短にいくつかの医療事故判例をまとめているから、 興味のある方または必要な方は、それを参照されるとよい。

もちろん、無条件に好ましいというわけにはいかない。いくつか留意すべきこ とはある。

  1. 患者や家族の性向、病気の種類など、患者が置かれた環境によっては、 患者に対して隠すべき情報があるかもしれない。そのような情報につ いては、患者の求めがあったからと言って、みだりに患者に見せるべ きではないこともあり得よう。
  2. 多数の医師等が勤務する病院の場合、それぞれの医師等がばらばらに 患者に対応するのではなく、病院で統一した規準をもって、患者の求 めに応じ、あるいは拒むべきではなかろうか。そうしないと、人によっ て気まぐれに対応が異なるのではないかという誤解を患者に与えかね まい。
  3. 医師等には、カルテなどを保存する法的義務が課せられているし(た とえば、医師法第24条第2項)、そうでなくても同じ患者が再度来院し たり、ほかの病院で治療を受けたりする場合に医師等同士が適切な医 療を達成するための情報をやりとりするため、患者に関する情報を持っ ておくことが望ましい。したがって、医師等が原本を患者に渡してし まってはなるまい。

著作権は、行使しなくてはいけない権利ではない

では、他の法律の話はさておき、知的財産権の問題だけをとりあげて考えると どうなるか?

カルテや医療用画像などは、著作権の保護対象となるのだろうか? それらが、 完全に自動的に作成されるのでない限り、著作物でないとは言い難い。しかし、 カルテや医療用画像は、可能な限り的確に症状を示すべきであるという機能的 な目的を達成しなければならない点は、文芸や音楽とは異なる。したがって、 明らかに、それらに対する著作権の保護範囲はゼロに近いぐらいに狭いと言え る。つまり、他人がそれをいくら真似をしたと、著作権侵害になることはほと んどないということだ[(5)]

では、患者が医師等からもらったカルテや医療用画像の控えをそのままコピー して患者の自伝に載せたらどうだろうか?理論的には、患者がカルテや医療用 画像の著作権を侵害したと言えるかも知れない。

だが、患者が彼女自身のことについて公にしようとする欲求を押しとどめるほ ど、著作権が大切な価値を持つと考えるべきなのか? 医師等がそのような複 製と出版の差し止めを求めたり、損害賠償を請求したりしても、ほかによほど 特殊な事情がない限り、裁判所がそのような請求に十分な理由があると判断す るとは、少なくとも僕には、考えにくい。


[注(5)] 機能的な著作物に対する著作権の保護範囲が著しく狭くなるという点は、著作 権法解釈の根本とも言えるのだが、意外に解説書や教科書に触れられる機会が ない。この点を議論する僕の論文を発表する予定だ(英語版の発表は年内。日 本語版は若干遅れる)。

さまざまな関係の認識

医師等が病院に勤務している場合でも、カルテや医療用画像が病院の名義で “公表”されることはまずない。だから、これらが著作物だとしても、それに 対する著作権は、作成した医師等に帰属し、病院には帰属しないように見える かも知れない[(6)]

だが、すでに述べたように、患者に適切な情報を与え、患者と医師等の信頼関 係を大切にするという観点から、カルテや医療用画像の取り扱いを決するべき だ。だから、患者の立場を十分考慮のうえ、病院の方針としてそれらの控えを 患者に交付しようというときに、医師等が、それは私の著作物だからコピーし ないでくれと病院に求めるのはいかにも患者の人格を無視するやりかたではな かろうか。それに、医師等は病院に勤務する際に、カルテや医療用画像の取り 扱い方について、病院の合理的な方針に服するという暗黙の約束をしていると 考えることもできる。そして、“著作権を行使しない”という約束も、成り立 ちうるのだ。

結局、患者と医師等の関係において、著作権の行使を議論する余地も意味も、 ほとんどないのではなかろうか?なお、形あるものとしてのカルテやフィルム 自体、通常は通常は病院の所有物であるから、患者や患者の意を受けた医師等 が勝手に持ち出してはならないことは、言うまでもない。

なお、患者の意思に反して、患者の秘密を公にしてはならないことにも留意し ていただきたい。例えば、刑法第134条第1項、および、診療放射線技師法第29 条を参照してほしい。


[注(6)] 著作権法第15条第1項:法人その他使用者(以下この条において「法人等」と いう)の発意に基づきその法人等の業務に従事するものが職務上作成する著作 物(プログラムの著作物を除く)で、その法人等が自己の著作の名義の下に公 表するものの著作者は、その作成の時における契約、勤務規則その他に別段の 定めがないかぎり、その法人等とする。

●●ある患者を担当した特定の医師等または放射線技師などと、病院との関係

この問題については、すでに述べたところでほとんどカバーされている。要す るに、病院と医師等との契約関係は、それが明示のものであれ暗黙のものであ れ、個々の医師等の著作権の行使に優越するということだ。

●●ある症例を見いだしてそれを画像として固定した 特定の医師等または放射線技師などと、 それを利用したいと考える同業者らとの関係

この問題については、特許法第29条(産業上利用することができる発明をした 者は...その発明について特許を受けるができる)の解釈として、医術は産業 でないから特許の対象にならないとする伝統的な考え方が、回答を示している と言える。

つまり、医療において有意義な情報を一部の医師等が独占することは、なるべ く多くの市民が手厚い医療を受けられるべきであるという政策とは相容れない のだ。

もちろん、新たな、または重要な症例を見いだした医師等の名誉を軽んじてよ いわけではない。だから、他人の症例を利用する者は、前者の名誉を重んじ、 その名前を明らかにするなどして、敬意を示すべきだ。そうでないと、前者は 症例を秘匿することとなり、市民にとって好ましい医療を達成することはでき ないだろう。同じことが、僕ら法律家の仕事にも言えるわけだが。 [(7)]


[注(7)] コンピュータ・プログラムの世界では、GNU(米国のFree Software Fundaition 社が無料で配布しているソフトまたはプロジェクトの名称)の考 え方を参照することができる。親しみやすい文献としては、 ftp.sra.co.jp/pub/gnu/sra/think-gnu-book.tar.gzを見よ。

僕らは、知的産物のやりとりと言うと、つい著作権法をはじめとする知的財産 権法にばかり気を取られてしまう。だが、知的財産権法だけが法律じゃない。 むしろ、知的財産権法は、法律の中のごくごく一部の領域にかかわるテクニカ ルな制度に過ぎないのだ。


ネットワーク時代の知的所有権入門