INTERNET MAGAZINE 1996.4 より、転載

ネットワーク時代の知的所有権入門
第14回
紙媒体で発表された作品の、ネットワークでの流用について
−著作権と出版権をめぐって−

ネットワーク知的所有権研究会

弁護士 寺本 振透
Teramoto Shinto


はじめに

文字メディアの世界では、紙媒体を中心とする伝統的な出版の世界 (そこでは、しばしば創作者と出版社の間に明文の契約が存在しないし、 それでも多くの場合はうまくいってきた) の価値観と、電子ネットワーク上での情報の流通 (ここでは、まだ業界標準といえるような慣行ができあがっていない) の価値観とがぶつかり合う時代に、私たちは突入しつつある。

伝統的な出版業界側からは、 電子ネットワークメディアを通じた情報流通を 自分たちのコントロールできるフィールドに引き入れようとする動きがある (それ自体は、当然のビジネス判断である)。 その一方で、まだ幼年期の電子ネットワークビジネスの側は、 伝統的なパワーと対抗して自らのパワーを伸ばしていこうとする動きもあるはずだ。

私たちは、このようなパワーとパワーのぶつかり合いの中で、 自分にとってより有利な、しかし、 公正さを失わないルールを作り上げるべく格闘していかなければならない。

今回の質問も、このような背景から当然生じた、しかし、 回答を見いだすのは安易ではない問題だ。 私は、ここで絶対的な回答を示すだけの力を持ち合わせていない。 私自信も、あるときは創作者の本人として、あるときは創作者の代理人として、 またあるときは電子ネットワーク上でのベンチャービジネスの代理人として、 そしてまた、あるときは伝統的な出版社の代理人として、 日々格闘している蟻のような存在にすぎない。 とにかく、考え方の道筋を見いだすことができるか、前へ一歩踏み出して見よう。


Q

創作者Xは、ある論文(論文A)を著作して、その著作権を持っている。

創作者Xは、ある出版社(出版社B)にすすめられて、 出版社Bが定期刊行する雑誌(雑誌C)の 1993 年 3 月号(1993 年 3 月 1 日発行) に”はじめて”掲載して発表した。 けれども、創作者Xと出版社Bの間には書面になった契約はないし、 口頭でも「じゃあ、1993 年 3 月号に載せましょうね」、 「はい、わかりました」というやりとりしかない。

なお、出版社Bから創作者Xに対して、 雑誌Cの発行後に金5万円が原稿料として振り込まれた。

創作者Xは、出版社Bの許可なしに、論文Aを、 創作者X自信の非商用のホームページに、 誰でも無料で見たりダウンロードしたりできるような形で掲載してもよいだろうか?

論文Aの読者(読者D)が、論文Aを、 彼女または彼の非商用のホームページにおいて、 1996 年 3 月 15 日から、 誰でも無料で見たりダウンロードしたりできるような形で掲載したいむね、 創作者Xと出版社Bに許可を求めてきた。 創作者Xは許可したが、出版社Bは不許可との回答である。 なお、論文Aを掲載した雑誌Cの 1993 年 3 月号は、 もはや在庫もないし、出版社Bは、論文Aを再版する予定もない。 読者Dは、 出版社Bの希望に反して 彼女または彼のホームページに論文Aを掲載してもよいだろうか?


A.

注意

複数の当事者がそれぞれぶつかり合う権利を主張する場合において、 権利主張の対象となっている具体的な著作物、 著作物の利用方法、そしてそれまでのやりとりの経緯を知らないで、 それに対する法的な解釈をすることは不可能だ。 そこで、上記の質問事項は、読者からの質問を若干具体化してみた。 とわいえ、 これでも一人一人が直面する問題を解決するのに十分な情報を提供するのは難しい。 以下の「回答を求めて」の項を読んで基礎的な知識を得たら、 具体的な問題をかかえている各人は、 行動に移る前に法律家に具体的な事実をすべて示し、 その上で法律家から助言を求めることが推奨される。

実際に法律家を雇って防御をしようというときには、以下に述べる以上に細かな作業を (そして、おそらくは出版社Bを友好的に説得する作業も含むことになるであろう) 行うことになることは想像に難しくない (実際、ここで書くことは 法解釈のごく一部と現実に行おうとする作業のほんの出発点にすぎないのだ)


回答を求めて

まず、著作権法においていわゆる”出版権”がどのような取り扱いを受けているか、 条文を見てみよう。

●以下、いずれも、日本の現行著作権法の条文
第三款 著作権に含まれる権利の種類
第二十一条(複製権)
 著作者は、その著作物を複製する権利を専有する。

第三章 出版権
第七九条(出版権の設定)
 1.第二十一条に規定する権利を有する者
(以下この章においては「複製権者」という)
は、その著作物を文書又は図面として出版することを引き受ける者に対し、
出版権を設定することができる。

 2.(略)

第八0条(出版権の内容)
 1.出版権者は、設定行為で定めるところにより、
頒布(筆者注:”有償であるか又は無償であるかを問わず、
複製物を公衆に譲渡し、
又は貸与すること”著作権法第二条第一項第二0号に定義あり)
の目的を持って、
その出版権の目的である著作物を原作のまま印刷その他の機械的又は化学的方法により文書又は図面として複製する権利を専有する。

 2.(略)
 3.出版権者は、他人に対し、
その出版権の目的である著作物の複製権を許諾することができない。

第八0条から第八二条まで(略)
第八三条(出版権の存続期間)
 1.出版権の存続期間は、
設定行為で定めるところによる。
 2.出版権は、
その設定後最初の出版があった日から三年を経過した日において消滅する。

第八四条から第八七条まで(略)
第八八条(出版権の登録)
 1.次に揚げる事項は、登録しなければ、
第三者に対抗できない。
−出版権の設定、、、(以下略)

上に揚げた条文を眺めてみると、

  1. 出版権とは、基本的には著作者が出版社に対してある種の複製を許諾した結果、 出版社が獲得することができる権利なのだな;

  2. 出版権とは、出版社が他人に対して競合する出版をするなと求めることのできる ”排他的な権利”なのだな (筆者注:もし、”出版権”ではなく単に”独占的に複製する権利”を 出版社Bが創作者Xから得たとしても; そしてまた仮に、創作者Xが出版社Bを裏切って、 第三者にも出版を許したとしても; 出版社Bは、創作者Xに対して契約違反の責任を問うことができるが、 第三者に対して出版をやめよと直接求める権利はない。 しかし、仮に出版社Bが”出版権”を得たのであれば、 第三者に対しても直接に出版をやめよと求めることができる。 単なる”独占的”な権利と”排他的”な権利との違いはここにある);

  3. 出版権には、寿命があるのだな; ということがわかる。

出版社が与えられる権利とは

まず、出版社Bは論文Aに関して、 どのような権限を創作者Xから与えられたのだろうか? これが、すべての出発点だ。

創作者Xと出版社Bの間には、 ”出版社Bが持つのは論文Aを雑誌Cの 1993 年 3 月号に掲載する権利だけだよ” という趣旨の明文の契約書もなければ、 ”出版社Bは論文Aをホームページに掲載する独占的な権限も獲得したのだよ” という趣旨の明文の契約書もない。 だとすると、彼らとの間の約束の内容を、いくつかの材料から推測していくほかない。

まず、彼れらの間の、口頭のやりとりを材料としよう。 出版社Bいわく 「じゃあ、(雑誌Cの)1993 年 3 月号に(論文Aを)載せましょうね」。 創作者Xいわく「はい、わかりました」。 どうやら、出版社Bは、少なくとも、 ”論文Aを雑誌Cの 1993 年 3 月号”に掲載する権限を獲得したようだ。

この出版社Bの権限は、独占的なものだろうか?この点について、 直接的なやりとりは、創作者Xと出版社Bとの間では何もなかったようだ。 けれども、さすがに、出版社Bは、論文Aが同時に (あるいは、数日の時間差で)他社の雑誌に掲載されると知っていたら、 論文Aの掲載を躊躇したにちがいない。 また、創作者Xとしても、よほどの売れっ子作家でもない限り、 同じ論文を同時にあちこちで発表して 二重三重に原稿料をせしめようとは考えていなかったはずだ。 だとすると、少なくとも、 雑誌Cの 1993 年 3 月号発行の前後の時期においては、 上記の出版社Bの権限は独占的なものであった (すなわち、創作者Xは、この時期において、出版社Bの了解なしに自ら、又は、 第三者を通じて論文Aを不特定多数の人々が手にすることができるような行為は すべきでない) と推測するのが合理的ではないだろうか? (注意:こういう推測が合理的であるかどうかは、すべて、 具体的な事実にかかっている。 あなたの具体的な事実において、同じ推測が合理的だとは限らない。)


最初の媒体以外にも出版社の権限は及ぶか?

さて、出版社Bの権限は、雑誌Cという紙媒体だけでなく、 CD-ROM やホームページへの論文Aの掲載にも及ぶのだろうか? いや、そう考えるのは無理だ。 創作者Xと出版社Bの間で雑誌C以外の媒体での論文Aの利用について 何らかの話し合いが行われた形跡はまったくない。 それに、創作者Xはたかだか原稿料金5万円を出版社Bから受け取ったにすぎない。 わずかこれだけの金額で 論文Aを雑誌C以外に CD-ROM やホームページに掲載する権限を 出版社Bが獲得したと考えるのは不自然ではないだろうか?

もちろん、場合によっては、 原稿料金5万円は雑誌Cへの論文Aの掲載の対価のみであって、 将来の他の媒体への掲載に対しては出版社Bから創作者Xに対して 別に対価が支払われるかもしれない。 あるいは、出版社Bは、 将来第三者に優先して論文Aを紙以外の媒体へ掲載する交渉権を 創作者Xから得ておく場合だってありうる。 しかし、もしそうならば、 創作者Xと出版社Bの間で将来の対価の計算方法について (結論にはいたらなかったとしても) なんら交渉がなかったということは考えにくい。 そのような交渉がなかったとしたら、 出版社Bは、CD-ROM やホームページへの論文Aを掲載する権限は、 もし仮に、 ”出版社B自信がそれを行う” (独占的でも排他的でもない)権限だとしても、 ”(雑誌Cの 1993 年 3 月号発売の前後の期間を超えてまでも) 創作者X又は第三者がそれを行うことを排除する” 権限だとしても、 いずれの権限も獲得していなかったと推測するのが合理的ではないだろうか?

基本的には、 出版社Bは論文Aを雑誌Cの 1993 年 3 月号に掲載する権限を 創作者Xから与えられた。 しかし、それだけでは、あまりにも出版社Bの立場が不安定になってしまう。 だから、 少なくとも初めて論文Aを公にすることができる独占的な権限が 出版社Bには与えられた。 そして、雑誌Cの 1993 年 3 月号の販売に影響を与えないように、 同誌の発売後一カ月程度の期間は創作者Xが同じ論文Aを 公衆が安易に入手できるような方法で出版したり、 ネットワークで流したりしない義務を負うことを 創作者Xは出版社Bに対して暗黙のうちに了解した、 と考えることは不合理でない。

なお、上記のように考えるにしても、出版社Bが創作者Xから得た権限が、 ”第三者の行為を排除できる” 排他的権利をも含むいわゆる”出版権”であるのかどうかは、 はなはだこころもとないといえる (仮にそうだとしても、何も定めていない以上、出版権の期間は 3 年以下だが)。 裁判所の判断の中には、私の考えよりも、もっと出版社側に対して厳しいものもある。 例えば、東京高裁昭和 61 年 2 月 26 日判決 (いわゆる「太陽風交点」文庫本事件。 無体集 18 巻 1 号 40 項、LEX/DB No.27755095) (注: LEX/DB は、例えば Nifty-serve の利用者であれば、 「GO TKC」で利用できる)は、 明文で”排他的”権限たる出版権を設定することもできるのに、 それを怠った出版社がそのような権限を獲得したとはいえない、といっている。

以上からすると、創作者Xが、既に 1996 年である現在において、 論文Aを彼女又は彼自身のホームページにおいて掲載することは、 創作者X自身の正当な権限の範囲内であって、 それに対して出版社Bから干渉されるいわれはない、 と考えるのが合理的ではないか。


読者がホームページに掲載する場合

では、読者Dのホームページにおける論文Aの掲載については、 どう考えればよいだろうか?

すでに創作者Xのホームページにおける論文Aの掲載について考えた事情が ここに当てはまることになるだろう。 だとすると、同様に、創作者Xが了解する限り、読者Dは、 論文Aを彼女又は彼のホームページに掲載することは許されそうである。

もっとも、読者Dの立場にたつと、そう簡単な話しではない。 なぜか?読者Dは、 創作者Xと出版社Bの間でどんな交渉があったのかよく知らない。 読者Dは、創作者Xが出版社Bからいくらの原稿料をもらったのかも知らない。 だから、読者Dの立場で考える場合は、より慎重に検討していかなくてはならない。

まず、出版社Bは、排他的権利である (つまり、読者Dによる論文Aのホームページへの掲載をやめろ、 と読者Dに対して直接求めることができる) ”出版権”を、読者Dに対して行使できるのであろうか? 確かに、読者Dは、創作者Xと出版社Bの間の交渉をよく知らない。 ひょっとしたら、出版社Bは出版権を獲得していたかもしれない。 しかし、この問題は、次のようなステップでクリアできそうだ。


出版権の及ぶ範囲

出版権は、 ”書籍、雑誌、画集、写真、楽譜”といった 道具を使わないで直接視ることのできる複製物にのみ及び、 マイクロフィルムのような道具を用いないと 人が直接視るのは困難な複製物には及ばない、 という解釈もある (昭和 51 年 2 月 4 日 51 地文著第 2 号に示された文化庁の見解。 文化庁著作権課内著作権法令研究会編「著作権関係法令実務提要」 (第一法規刊、加除式)915 項を見よ)。 ホームページの場合、 サーバーにおいた複製物はブラウザーを使わないで人が直接見ることはできないから、 出版権が及ばないと解釈することが可能である。 もっとも、この点については、裁判例があるわけではない。 したがって、最大の安全を見込んで、 ”ひょっとしたら出版権がホームページに及ぶこともあるかもしれない” という前提(少々神経質すぎるかもしれないが) で先に進もう。

著作権法第八八条第一項第一号によれば、出版社Bは、 その出版権を登録しない限り、読者Dに対して出版権を行使できないようだ。 出版社Bが出版権の登録をしていないことが確認できれば、 多少は安心できる。少なくとも出版社Bは、 読者Dによるホームページへの論文Aの掲載を差し止めることはできない。

しかし、これでもまだ心配の種はなくならない。 もし、読者Dがアンフェアに (例えば、 出版社Bが創作者Xから出版権の設定を受けていることを知っているにもかかわらず、 それをないがしろにして) ホームページへの論文Aの掲載を行ったとしたら、 出版社Bに対して損害賠償をしなければならないかもしれない。 それを示唆する裁判例もある (東京地裁昭和 19 年 3 月 9 日判決、前記 「著作権関係法令実務提要」978 項)。 あるいは、掲載したことで出版社Bが創作者Xに向かってクレームをつけるとしたら、 読者Dとしては心苦しい限りである。

そこで、読者Dは、創作者Xに対してこうたずねることになる。 「出版社Bに対して、口頭にしろ、書面にしろ、 出版社Bが論文Aを出版できる期間について、 何か取り決めましたか?あるいは、 取り決めにいたっていないにしろ何らかのやりとりがありましたか?」と。 これに対する創作者Xの回答が”否”であり、 かつ、創作者Xが誠実でかつ注意深い人間のようであるとすれば、 読者Dとしては、 相当に安心して論文Aを読者Dのホームページに掲載することができる。 なぜか?著作権法第八三条二項が、 出版権の存続期間は、別段の定めがなければ、3 年間といっているのだ。 そして、雑誌Cの 1993 年 3 月 1 日、今日は 1996 年 3 月 15 日ではないか!

もちろん、私は創作者Xや読者Dに対して、 出版社Bの希望を完全に無視することをおすすめしているわけではない。 仮に、 なんら法律上又は契約上の根拠がない”希望”を出版社Bが持っているとしても、 それを尊重しつつ、創作者Xの希望も読者Dの希望もある程度かなえられるような、 ”プラス・サム”思考を志すことは望ましいことだから。


 とにもかくにも、他人の著作物を利用するにあたっては、 むやみに遠慮することなく (例えば、 正当な引用すら無断複製であると称して有無をいわせず発言を削除してしまうような ”ありがちな”BBS の運営や、 創作者本人が何も文句をいっていないのに Newsgroup において誰かが行った著作物の引用に対して、 著作権侵害行為であるといって第三者がいたずらに非難することは 考えものではないだろうか)、 しかし、創作者や出版社の利益をないがしろにすることなく、 フェアでしかも創作者の考えをより広く世界に知らせることができるような行動を 心がけたい。 それが、私の望みだ

ネットワーク時代の知的所有権入門