INTERNET MAGAZINE 1995.12 より、転載

ネットワーク時代の知的所有権入門
第10回
ネットワーク上の表現の自由について考える

ネットワーク知的所有権研究会
弁護士 寺本 振透
Shinto Teramoto


今回も、たいへん難しい質問です。 明確な答えがすぐに出せるわけではありません。 けれども、これからの私たちの行動の指針を明らかにするための糸口だけでも 見つけるべく、トライしてみましょう。 もちろん、最後に決定するのはあなたです。 私の考え方が、時、場所、 具体的な事実に関係なく正当であるということはありえないことですから。


Q.

わが国では、 刑法 175 条というのがあって、 公序良俗に反し、 劣情を催すような出版物、 映画、写真、ビデオなどは、 お上が厳しく取り締まっております。

さて、 ここで劣情の概念や芸術か猥褻かなどという不毛の論議を求めるのでなく、 素直な気持ちで質問させていただきたい。

それは、インターネット上で、 例えばアメリカやヨーロッパのサイトから WWW のような映像や写真も一緒に送られてくるいわゆるノーカットものは、 果たして刑法 175 条の取締り対象となるだろうか?
それをコピーし配布すれば罪にはなるだろうが...。

また、 お上もしくはプロバイダーなどは それらのものに規制をかけることができるのだろうか?

私自身、表現の自由という点から、 国内外を問わず、 それらのもに対して規制をかけるのは大反対であり、 見る人一人一人が自分の責任において取捨選択するべきだと考えている。 もし、 国内プロバイダーが規制をかけるようなことをしているのであれば、 それは、 鎖国にひとしいことをやっていることになるし、 自動車部品の輸入問題と並んで議論されてしかるべきであると思う。


A.

刑法175条 猥褻の文書、図画其他の物 [筆者注:ここでは、便宜上、"猥褻物"とよんでおきます。] を頒布若くは販売し又は公然之を陳列したる [筆者注:ここでは、簡単に、 "みんなが見ることのできるところに猥褻文書等を置いておくこと" ぐらいに理解しておいてください。] 者は二年以下の懲役又は二百五十万円以下の罰金若くは科料に処す。 販売の目的を以て之を所持したる者亦同じ

テクニカル1

1) まずは、テクニカルな問題から、考えてみましょう。 外国のサイトにある映像が、 日本の刑法上猥褻物にあたるものだと仮定しておきましょう。 日本国内からそのようなサイトにアクセスすることが可能なことを理由として、 そのサイトの開設者は、日本の刑法によって処罰されるでしょうか?

 仮に、すべてが日本国内で行われた場合を想定してみてください。 つまり、"日本国内に住んでいる日本人が、 日本国内に設置したサーバーに猥褻な映像をのせておき、 みんながアクセスできるようにした"場合です。 私が知っている限りでは(私の知識の幅などあてになりませんが)、 ネットワークを通じてみんながアクセスできるサーバーに猥褻な映像をのせることが "猥褻物を公然に陳列したる"ことにあたるかどうかについて、 日本の裁判所がはっきりした考えを示した例はないようです。 けれども、 パソコン通信で猥褻な画像を送信して会員からお金をとっていた人が 警察によって逮捕された例が最近出ました。 (例えば、朝日新聞の1995年4月15日付夕刊の記事 "パソコン網にわいせつ画像送信 公然陳列容疑を適用、容疑者を逮捕" をご覧下さい。) 報道によれば、この種の事件に猥褻物陳列罪を適用したのは 全国で初めてだということです。 ということは、警察の方も検察と十分に打ち合わせをして、 "ネットワークを通じてみんながアクセスできるサーバーに 猥褻な映像をのせることは猥褻物の公然陳列にあたる" という考え方に相当自信があるのだと、私は考えます。 将来裁判所が同様の考え方の判決を下すことも十分あり得ることだと、 私は予想します。 だとすると、すべてが日本国内で行われたならば、 サイトを開設してそこに猥褻な映像を載せた人は、 "猥褻物を公然陳列した"罪にあたることになるでしょう。

 けれども、ご質問のケースでは、サイトは外国にあります。 そして、実は、日本の刑法は、 日本国外で猥褻物陳列をした人を罰することはありません。 だとすると、 この外国にあるサイトの開設者は日本の刑法によっては罰せられないのでしょうか? 確かに外国のサイトに日本からアクセスすることはできます。 だから、 サイトがどこにあろうが 日本国内にいる様々な人々が自分のデスク・トップから覗き見できるのだから、 日本の刑法を適用すべきだ、という考え方もあり得ます。

 しかし、そこまで、 日本の刑法の適用範囲を広げるのは無理ではないでしょうか? あくまでもサイト開設者の行為は、 日本の国の外で行われているのだから、 外国のサイト開設者に猥褻物陳列罪は適用されないというのが、私の考えです。

 もっとも、 外国に開設された猥褻なサイトのミラー・サイトを日本国内に開設した人が、 日本の刑法による猥褻物陳列罪の適用を免れるのは、難しそうですね。


テクニカル2

2) 次に、もう一つテクニカルな問題。やはり、 (1)と同じ仮定で考えてみましょう (外国のサイトに日本の刑法上猥褻物にあたる映像があるとします)。 国内のユーザがこのような外国のサイトにアクセスできる手段を 日本国内のインターネット・プロバイダーが排除しない (例えば、国内のユーザがこの外国のサイトにアクセスしたときに接続を切断しない) と、 日本の刑法によって処罰されるでしょうか?

 日本国内のインターネット・プロバイダーは、通常、 "外国の猥褻なサイトが日本国内のユーザにアクセスしてもらうのを手伝ってやろう" という考えでビジネスを行っているのではないはずです。 たぶん ;-) だとすると、日本国内のユーザがたまたま通信事業者 (NTTやインターネット・プロバイダー) をルートに使って外国の猥褻な映像にアクセスしたりダウンロードしたからといって、 通信事業者が"猥褻物を取り締まる日本の法律"に違反したとはいえないでしょう。 (電車を使って麻薬が運ばれたからといって鉄道会社を処罰するのは変ですよ。)

 では、日本国内のプロバイダーのサーバーにキャッシュとして猥褻な映像のデータが 一時的に蓄積される可能性についてはどうでしょうか? これも、猥褻物陳列罪にはあたらないと、私は考えます。 なぜなら、それは、通信ルート、つまり、道路に過ぎないからです。 プロバイダーはデータを右から左へ渡すための便宜として データを一時的に蓄積したに過ぎないでしょう。 そう考えないと、危なくて、 インターネット・プロバイダーなどやっておれませんよね。


テクニカル3

3) 三つ目の、これはテクニカルな範囲をかなり越えてしまう問題。 国家がネットワークを介して国内に流入する猥褻物を、 排除することは法律上可能でしょうか? (もちろん、技術的には、すべてを国家が把握するのは無理ですが。)

 少なくとも、現行の日本の刑法そのものは、 ネットワークを介して国内に流入する猥褻物を水際で排除するという規定には なっていないようです。

 では、私たちが関空や成田でひょっとしたらお世話になることのある関税定率法は どうでしょうか?


関税定率法第21条第1項

関税定率法第21条第1項

次に掲げる貨物は、輸入してはならない。

......

四 公安又は風俗を害すべき書籍、図画、彫刻物その他の物品

......

「貨物」とは明らかに形あるものを指し示すことばです。 また、「輸入」というのも、 形あるものを 日本の国の外から日本の国の中へ物理的に持ち込むことを示すことばです。 だとすると、関税定率法によっては、 ネットワークを介して国内に流入する形なき猥褻データを 水際で排除することはできないようです。

 もっとも、将来、 ネットワークを介して猥褻物が日本国内に流入することを取り締まる法律が 立法されないとも限りません。 それは、国民の代表者のマジョリティがどう考えるかによるでしょう。

 私は、そのような立法には反対します。 その理由は、単に、私が猥褻物が大好きだからではありません。 どの情報が猥褻物を含んでいるかを国家が知るためには、 すべての情報 (あるいは、それが無理ならば、ランダムに又は意図的に選択された情報) を国家がチェックしなければなりません。 そのようなチェックによって、猥褻でない情報も国家に握られることになります。 それは、私たちがネットワークを通じてやりとりする情報を どこで国家にモニターされているかわからない、 という息苦しい世界を生み出してしまいます。 仮に猥褻物を排除することが社会のマジョリティの欲するところだとしても、 無関係な情報までチェックされることは避けるべきです。 この文脈において、現在の日本の刑法の、 商売目的で持っている猥褻物や公にばらまかれる猥褻物だけを取締るやり方は 正当だと考えます。 しかし、個人的に楽しむための猥褻物まで取り締まる関税定率法のやり方は、 行き過ぎでしょうね。

 私は、個人的に楽しむためのものについては、 国家機関が関与すべきではないと考えます。 けれども、現在の裁判所の考え方は違うということは知っておくとよいでしょう。 最近でも、ロバート・メイプルソープの写真集を 個人が日本国内に持ち込むことを関税定率法によって規制することが正当であると 判断した裁判例があります(東京地裁平成6年10月27日判決。判例時報1520号77頁)。 問題にされた写真は、どちらかといえば、極めて芸術性が高く、 バブルの時代には数億円の価がついて、 日本の代表的な新聞社の系列の出版社が発行するアート雑誌に 掲載されたものもあったのですが...

裁判所が問題にした写真の例(全部で13点あるうちの一部)

* 数枚の破られた状態の写真を組み合わせた中に、 全裸の男性の性器を撮影した写真(白黒)

* 陰部のみを中心とした写真で、男性の勃起している陰茎を、 左手で握っている写真(白黒)<<--これって結構有名な写真です。

* 全裸の女性の肩より下を正面から写した状態で、女性の陰毛を撮影した写真(白黒)

* 花を手にした全裸の男性の大腿部より上を斜めから写した状態で、 男性の性器を撮影した写真(白黒)

 実は、私は、公道上を白バイが走って交通整理をするのは当然のこと、 だから、サイバー・ポリスがネットワークの大通りを走って交通整理をすること (例えば、重要な通信ルートを混乱させたり、 他人のプライバシーを覗き見るような行為を排除すること) はそろそろ必要になってくると考えています。

 しかし、半ばプライベートな領域だと思って行水をしている路地に パトカーがやってきて"そこの行水している男、 公道から立ち退きなさい!"などと怒鳴られたり、 知らないうちに、警察に裏庭をのぞき込まれたりするのは御免です。 また、大通りを走っているときに、 車のトランクを開けて中に入っているプライベートな情報を取り締まられるのも 御免です (それが猥褻な画像だったとしても、爆弾ではないのですから)。

 公共の場所においてはある程度の秩序が必要な一方、 私的な場所においては最大限の自由を享受したいというのが私の考え方です。 ですが、公共の場所においてはある程度の秩序が必要だといっても、 ひとりよがりな道徳意識にかりたてられた人々が 自警団を組んでネットワーク上をパトロールしてまわって、 ポルノをみつけると警察へのたれ込みをするというようなやり方には反対です。 それは、私たちにとって、 警察権力そのものに監視されるよりももっと好ましくない状態--つまり、 隣人を信用できない社会--をつくり出してしまうからです。 ルシファーの目に睨まれるのなら、警察に睨まれる方がましです。 少なくとも、日本においては、万一警察権力が濫用された場合には、 法律にしたがって、 抵抗することができるのですから。

 そうはいっても、ポルノが子供の目に触れるのは好ましくないのは確かです。 けれども、子供を守るのは親の責任です。 親がそのような責任を果たすのに役立つシステム (例えば、それをPCにインストールしておけば、 親だけが知っている合い鍵がなければ、 ポルノを提供するサイトにアクセスできないようなプログラム) が販売されるのは結構なことです。 ただ、子供は親の目を盗んでいろんな知識を手に入れていくものですけどね。 私もそうでした ;-)


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