INTERNET MAGAZINE 1995.6 より、転載

ネットワーク時代の知的所有権入門
第4回
WWWについて…
あんあことや、こんなこと(その1)
−WWWスクリーンショットの掲載−

ネットワーク知的所有権研究会
弁護士 寺本振透(Shinto Teramoto)



時代の寵児 WWW

 今や日本の新聞各紙が、「インターネット」の話といえば飛びつき、 そして、「インターネットといえば WWW」みたいな記事を書き連ねる時代となりました (その割には、インターネットアドレスまで書いてくれている記事が少ないので、 アクセスするときに、http://www.ntt.jp/ のお世話になることが多いのですけれども)。

 もちろん、WWW だけがインターネットではありませんが、 (私の場合でも、ビジネスでは、やはり、E-Mail の利用が 90% ぐらいです)、 それでも、WWW がたいへん魅力的なコミュニケーション手段であることは、 私を含めた多くのネットワーカーたちが認めていることと思います。

 さて、「時代の寵児」ともいうべき WWW ですが、 従来の法律の立場からはいろいろと難しい問題もあるようです (私のホンネは、従来の法律の立場をかたくなに守ることではなく、 「造反有理!」ですけれどもね)。

 思いつくままに、いろいろと考えていくことにしましょう。


Q: WWW のスクリーンショットはサーバーを紹介する目的なら権利者の許可なく雑誌に掲載できるか?


WWW の画面は著作物

 う〜む、これは、読者からの質問じゃなくて、 編集部からの質問のような気がしますネ(アヤシイ)。

 例えば、あなたがどこかの WWW サーバーに接続したとしましょう。 そうすると、あなたは、さまざまな画像(絵や写真や文章、 それにロゴなども入っていることが多いですね) を見ることができます。 この画像の1つ1つ(とりあえず、「WWW の画面」と呼んでおきましょう)は、 法律的には、どんな性格をもっているのでしょうか?

 「WWW の画面」は、人間がこんなふうに構成しようとデザインを考えて作ったものです (例外的に、人間の手がまったく加わっていないものがあるかもしれません。 しかし、極めて例外的な話は、今日のところはふれないことにします)。 ということは、「WWW の画面」は「著作物」になるはずです。 著作権法で「著作物」の定義を見てみましょう。

!著作権法第1条第1項第1号

著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであって、 文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。

 さて、人によっては、 「ほんとうに WWW の画面に思想又は感情を創作的に表現したものなのかな?」 とか「WWW の画面って、ふつうは、文芸でも学術でも美術でも音楽でもないんじゃないの?」 と疑問を持たれるかもしれません。 けれども、法律の規定の意味を必ずしもその言葉どおりに受け取るわけにはいかないのです。 私たちは、法律の規定が「現在どのような意味を持っているか」を知るために、 裁判所の解釈にあたってみなければならないことが多いのです (この裁判所の解釈そのものも時代とともに変わってきています。 それでは法律を読んでも本当のことはわからないじゃないか、 といわれるかもしれません。 それはそれでごもっとも。 でも、法律を年中変えなくても、裁判所が解釈によって、 そのときどきの社会環境に応じて、 時代遅れの法律で人をしばることを防いでいるという見方もできるのですよ)。

 最近の裁判所の考え方によれば、「思想又は感情」といっても、 「およそ思想も感情も皆無であるものは著作物でないという程度の意味であって、 人間の精神活動全般を指す」のです。 また、「創作」といっても「完全なる無から有を生じさせるというほどの強い意味ではなく、 外から読みとれる表現に作者の個性が現われていれば十分だ」といわれています。 さらに、「文芸、学術、美術又は音楽」といっても、 「知的、文化的精神活動の所産すべてを含み、 著作物がどの分野に属するかを考えてもはじまらない」といわれています (例えば、東京地方裁判所が 1994 年 9 月 28 日にビデオゲーム「パックマン」の 著作権侵害に関して出した判決を参照。 判決の内容は、例えば、ニフティサーブから TKC 判例データベース LEX/DB に アクセスすることにより見ることができます。 興味のある方は、トライしてみてください)。


著作物を無断でコピーしてはならない

 さて、「WWW の画面」が著作物だとすると、 誰かが「WWW の画面」に対して著作権を持っているに違いありません。 この人(あるいは会社や国や学校かも)を、 「著作権者」と呼ぶことにしましょう (誰が著作権を持つのかという話はとても大事な問題です。 これは、いずれ、時間をさいて説明しなければなりませんね)。

 「著作権者」は、「WWW の画面」を勝手にコピーするなと、 周りの人々に対して主張する権利を持っています (ちなみに、「著作権者」は自分で「WWW の画面」を作成した人(著作者)かもしれませんし、 著作者から権利を譲り受けた人かもしれません。 また、従業員が創り、権利は会社が持つということになるでしょう)。

!著作権法第21条
著作者は、その著作物を複製する権利を専有する。

 そうすると、「WWW の画面」を勝手にコピーして雑誌に載せてはいけないような気がしませんか?


正当な引用なら許される

 でも、ちょっとまった! こんな規定もありますよ。

!著作権法第32条第1項
公表された著作物は、引用して利用することができる。 この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、 報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で 行われるものでなければならない。

 「WWW の画面」は、「公表」されていますよね (じつは、著作権法には、「公表」の意味を決める規定もあるのですが、 話を複雑にするだけなので、今日のところは、 常識どおりの意味に考えておいてください)。 そうすると、「公正な慣行に合致」していて、 「引用の目的上正当な範囲内」なら、 「WWW の画面」を雑誌に引用してよいということになります。

 それでは、どのような「WWW の画面の引用」が「公正な慣行に合致」していて、 「引用の目的上正当な範囲内」にあるといえるのでしょうか?。 その答えを出すのは簡単ではありません。 なぜなら、WWW の画面がどのような意図で創られているのか、 そして、それを雑誌に載せようとする人はどのような意図で引用しようとしているのかによって 話が変わってくるからです。

 上の設例では、WWW の画面を引用しようとする人の目的は、 「その WWW サーバーを雑誌で紹介すること」ということですね。 おそらく、ほとんどの WWW サーバー開設者は、 なるべく多くの人に自分のサーバーにアクセスしてもらいたいと思っていることでしょう。 そうだとすると、WWW サーバーを雑誌で紹介して多くの人に知ってもらおうとすることは、 まず、問題にされることはないでしょう。 (隠しておきたいとと思っているものを他人が公開したらどうか? これは将来の課題ですね。著作権法だけではすまないかもしれませんよ)。

 では、具体的には、どのような掲載の方法が望ましいのでしょうか。 単に「公正な慣行」とか「引用の目的上正当」とかいってもわかりずらいので、 具体的な指針を terra なりに揚げてみましょう。

  1. 掲載する WWW のスクリーンショットは、 雑誌が用意した本文記事やイラスト、あるいは、 別の WWW サーバーの画面とはきちんと区別できるようになっているべきです。

  2. 掲載する WWW のスクリーンショットは、 本文の紹介記事ときちんとした関係があるべきです。 単に飾りとして載せたいのであれば、 正当な引用というのは難しいかもしれません (もちろん、著作権者の了解をもらえればよいわけです)。

  3. WWW のスクリーンショットは、 読者にその WWW サーバーに興味を持たせるのに必要なもの1〜2枚にとどめ、 その WWW サーバーの中身を全部ばらしてしまうようなことは避けるべきです。

現実はそう簡単ではない

 こうしてみると、簡単に、「WWW のスクリーンショットはサーバーを 紹介する目的なら権利者の許可をとらなくても雑誌に掲載できる」と結論を出せそうですね。

 でも、ちょっと待ってください。 現実の世界では、他人の法律上の権利を侵さなければ何をしてもよいのでしょうか?。 あるいは、法律は著作権法だけでしょうか?

 たしかに、正当な範囲の引用は著作権法上は自由にできるはずです。 けれども、それにもかかわらず、 その引用は著作権者の気に添わないかもしれません (とりわけ、キャラクターなどは、会社の方針により、特別に許可された 人にしか絶対に使わせないこともあります。 それは、キャラクターの商品価値を守るためです。 例えば、あるテーマパークがそこにあることを示すためであっても、 地図にそのテーマパークの名前やキャラクターを勝手に載せることは 嫌われるかもしれません)。

 権利者の気に添わないとすると、事実上、あるいは、 著作権法以外の法的手段(いずれ、この連載でも説明しましょう) によって攻撃されないとも限りません。

 だとすると、著作権法上の問題がクリアになったとしても、 最終的には、注意深く状況判断することをお勧めします。 例えば、上の設例では、多くの WWW サーバー設置者はそのサーバーが 紹介されることが望ましいと考えるであろうと判断できるからこそ、 ゴー・サインが出せる場合が多くなるわけです。

 もっとも、WWW サーバー設置者に第三者からライセンスされたキャラクターが そのスクリーンショットに乗っかっている場合には、 その「第三者」の意向も考えておくほうがよいでしょう。


もっとオープンで、しかも、自己責任に基づいた情報流通を考えたい

 さて、伝統的な法律の考え方によれば、 以上のようになるでしょう。 けれども、インターネットの世界では、 もっと別の考え方を発展させていってもよいのではないでしょうか?

 terra の価値観はこうです (あなたが terra の価値観に従う必要はありませんが)。

  1. もし、あなたが、 オープンな情報の相互流通をモットーとする文化によって発展してきた インターネットの世界でビジネスをしようとするのなら、 あなた自身もオープンであるべきではありませんか?

  2. 確かに、オープンな世界にあっても、 「これだけは守りたい」という部分が、あなたにもあることでしょう。 それならば、そうとはっきり表示されてはいかがでしょうか。 何も言わないでいながら、 気に入らないことがあると法律を盾にして周りの人を攻撃するのは、 アンフェアに不意打ちを与えることになりませんか?

  3. コピーしてほしくないものがあれば、明確に、 あなたの画面にその旨を表示されてはいかがでしょうか。 警告するかしないかは、あなたの責任です。 オープンな世界で情報を発信して、しかも、 何のコピー禁止の警告もしないでいながら、 コピーされたといって、当惑するのは、 あなた自身にも責任の一端がありませんか。

  4. もちろん、コピー禁止の警告を見ていながらそれを勝手にコピーした人は、 その人自身の責任において危険を冒したのだから、 権利者から攻撃されても泣き言をいうべきではないでしょう。

規制と自由のバランスをとるのが難しい

 もちろん、オープンなやり方だけで突っ走ることができないことは、 十分理解しておくべきでしょう。 もし、あなたが創った著作物が完全にコピーし放題ということになると、 あなたは、新しい著作物を創る気を失ってしまうかもしれません。 それは、あなただけでなく、また、 あなたの著作物をコピーして利用したいと思っている人々にとっても、 大きな損失となることでしょう。 だから、情報が自由に流通するのがよいことだという terra のような立場であっても、 やはり、無断コピーを野放しにするわけにはいかないのです。

 その反面、ほとんどすべての人間の創作物は、 過去の他人の成果の上に成り立っているという事実も忘れるわけにはいきません、 「創作者は巨人の肩の上に乗っている」ということがいわれます。 巨人とは、すなわち、 過去の他人の創作物を利用することをあまりにも厳しく禁止するならば、 それ以後、新たな創作が生まれる可能性の芽も 摘み取ってしまうことになりかねません。

 ですから、規制と自由のバランスを上手にとらないと、 私たちの社会は、知的生産物によって順調に発展していくことはできないでしょう。 そして、このバランスをとろうとする永遠の試みが著作権法であり特許法なのです。


1人1人が発言しよう

 あなたはどうお考えになりますか?インターネットの世界のルールは、 まだ、確立しているわけではありません。 あなたの考え方をこれから形作られていくルールに反映させたいとは思いませんか? それならば、 あなたも発言しようではありませんか?

 法律は法律家だけのものではありませんし、 法律家だけにまかせることで適切なルールが作られるものでもないのですから。


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